第二話 セヴラン・レスタンス













俺の家の冷たいフローリングの床に壮絶な痛みに耐えるため俺は這いつくばった。
シャツをめくり上げ擦り傷だらけの背中が痛む。




不意にその背中に消毒液の襲撃を受けた。





「んぎゃぁぁぁぁあああああっ!」





猫に似た叫び声を上げ床に頭を打ち付けた。





「兄さん、消毒液ぐらいでそんなに叫ばないでよ。」





俺の傍らで消毒液と消毒液が染み込んだ綿を持っている弟が情けなそうに言った。





「セヴラァァァン、おまえ傷口に消毒液が染み込む痛さ知ってんのか!!!?」




ネオの喧嘩を買ってこんな傷だらけになって帰ってきて手当てしてもらうのは感謝だが、
これほどまでに容赦なく消毒液をぶちまけられるのは嫌だ。




だが、そんな俺の叫びにも関係ないだろ、といった感じで弟は。




「ハハハ、そんなもん知るわけ無いだろう?だって、僕兄さんみたいに喧嘩やって生傷なんて作んないんだからさ。」





傷作んなくても転んで怪我したときに消毒ぐらいするだろっ!!
そのときの痛さとおんなじなんだよ!




心の中で必死に訴えた。
もし、この心の声が弟のセヴランに聞かれもしたら俺は心身ともに破滅の道に進むだろう。





「喧嘩じゃなくても怪我ぐらいするだろ?」




「確かに怪我はするけどその時は魔法を使って治してるよ。」




「ああ、そうなんだ。」





魔法か、それなら納得いくな。
弟は魔法を専攻してるし。




―――――?




いや待て、だったらなんで





「魔法で治してくれないんだ?」





魔法だったらこんな身が引き裂かれるような苦痛もないだろ。
それに傷の治りも早いし。





「魔法はね、使うと疲れたりするから嫌いなの。それに消毒液の有難みを忘れないよう時々使ってほうが良いでしょ?兄さんもこの痛みに懲りて喧嘩しなくなるだろうし」





ごもっともなお答えです。




たしかにこの痛みは二度と味わいたくない。
弟のほうもいちいち傷だらけの俺を魔法で治し続けたら疲労でぶっ倒れそうだ。





「俺だって毎回喧嘩して帰る度にこの痛みは味わいたくない。
でもな、俺は俺が望んで喧嘩をしてんじゃないから喧嘩はしてくると思う。」





俺だって喧嘩はよくないと思う。
だが、周りが俺に喧嘩を売ってくるのでどうしても買ってしまう。
俺も喧嘩を買わなきゃいいんだけど、我慢してると負けた気がするので買ってしまうことも。





「そうだったよね。ネオさんとか兄さん待ち伏せしてでも喧嘩売ってくるもんね。」




「まぁ、ネオの待ち伏せはもう日常茶飯事だから別に良いけどな。」




弟はちょっと軽はずみなこと言ったかなと思っているようで声のトーンが落ちている。




急に背中の打撲の跡に湿布がパンッと勢い貼り付けられた。





「ぎゃぁ!」





いきなりの事だったので俺は情けない叫び声を上げた。





「お、お前なにすんだよ。打撲の後結構痛いんだぞ。」





ちょっと涙目になりながら、きっとした視線で後ろを振り返った。
弟は素っ頓狂な顔で湿布を握っている。





「あ、ごめん。ちょっと考え事を・・・・・」




「む、そうか。
じゃ、今度は優しく張ってくれよ。」





わかった、と小さくうなずき、ペチッと湿布を張った。





「兄さん、今思い出したんだけどさ・・・・・・」




「あ?なにだ?」




「後、数日でネオさんの待ち伏せとか嫌がらせからおさらばできるんだったよね。」




「??」





どういう意味だ?
数日後あいつが引っ越すとか?
もしかしたら、ホラーっぽく呪われて死んじゃうとか?





「兄さん、あと何日かで旅に出ること知ってるよね?」




「・・・・・・・ネオ、がか?」




「ネオさんだけじゃないよ。兄さんも僕も旅に出るんだよ。」





はっ?旅?
なんのことですか?と言う感じだよ。
俺もセヴランもネオも旅に出る?
全っ然そんなこと知らないぞ。





「『目的の旅』って知ってるよね?兄さん」




「も、『目的の旅』?」





なんじゃそりゃ?
どこかで聞いた様な気がするけど、思い出せない。





「兄さん、ちょっと座ってこっち向いて。」





セヴラン。声が怖いぞ。凄みが利いてるぞ。




俺は言われたとおりうつ伏せだった身体を起こし、弟のほうを向いた。





「正座ね。」





足を指差し命令口調で俺に言った。




はい、と小さく呟き、正座をする。
正座は足がしびれるから嫌なのだが、今の弟の状態だったら指示に従ったほうが安全だ。
セヴランがこちらをもの凄く冷たい目で見てるからな。





「目的の旅知ってるよね?」





弟の口調はあくまで穏やかで口元には笑みを浮かべていたが・・・・・
眼が、




眼が笑っていないっ!




確実に怒っている。
絶対に弟は怒っている。
まずい、かなりまずい。




適当に誤魔化したほうが良いよな。
いや、逆にこれは正直に話したほうがよくないか?
適当に誤魔化してばれたらそっちのほうが大変なことになりそうだ。




太ももに置いた手をぎゅっと握りしめ





「はははっ、全く知らないや。」





片手を軽く頭に置きながら、乾いた笑いとともに言ってみた。





「あ、そうなんだ。」





セヴランはニコッと満面の笑みを浮かべてくれた。





「・・・・・・」




「・・・・・・」





少しの間沈黙が流れ、沈黙に耐えきれなくなったので口を開こうとしたときだった。




顔面に消毒液が大量にかかった。




そして、その消毒液が眼に入り、眼球の周りが電撃が流れたような痛みが走る。





「ぐおおおぉぉぉっ!眼が、眼が染みるぅぅ!!」





両手で眼を押さえ仰け反り返る。




水、水で今すぐに洗い流したいぃぃっ。




やっぱり、やっぱり怒ってたのね。
消毒液を顔面にかけるほど起こってたのかぁぁぁ。





「兄さん、例え森神さまに信仰してなくても森の民の伝統行事を忘れるとはなんなんだよ!」





伝統行事・・・・・




ああ、そうだ。
学校でそんなこと言ってたな。
でも、どんな行事なのか全く覚えていない。




弟は倒れた俺のシャツの胸倉を掴み、顔を近づける。





「本当に知らないの?」




「えっと、学校でそんなこと言ってかなぁと言う感じで覚えてます・・・・・・・。」





セヴラン、眼が怖いぞ。眼が。
物凄く冷めた眼でしかも、殺気が篭った瞳でこちらを睨んでいる。




セヴランはジロッと睨んでいたが、急にため息を吐きパッと俺のシャツを放した。




「うわっ」




いきなり放されてゴンッと鈍い音をさせて頭が床に激突した。




い、痛い。




頭も痛いが、眼も痛い。
もう少し丁重な扱いをしてほしい。




セヴランは立ち上がって、キッチンに行って水を飲んでいる。
こちらをチラリと見て片手を頭に置き、軽く俯いた。





「ふぅ、そうだよね。兄さんまともに先生の話なんて聞いたことないんだったよね。わかった、僕が説明する。今回は僕たちの番だから目的の旅を知らないって言うのは通用しないから。」





今回は僕たちの番??




余計何なのかわからなくなってきた。
目的の旅って言うんだから旅することはわかる。
だが、目的ってなんだ?





「大事な話だからちゃんと聞くんだよ。ほら、正座で聞く。」





ビシッと指差し命令する。





「ちょっと待て、先に目を洗わせてからにしてくれ。」





上体を起こし、手を上げて静止した。




だけど、弟は





「消毒液ぐらい眼にはいったって大丈夫でしょ。僕の話を聞くのが先。」





うう、こっちは消毒液のせいで涙目になってんだぞ。




まぁ、大丈夫か。
いくらか落ち着いてきたし、少しぐらい話してたって平気か。




俺は言われたとおり正座した。





「まず何処から話そうか。むうぅ、・・・・・じゃ目的の旅の歴史から話すよ。」





弟は部屋の中をうろちょろしながら両手をパンと叩いた。




そして、ゆっくりと判りやすく目的の旅について語りだした―――――。









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